文鳥
(3)
十六になる小女が、はいと云って敷居際に手をつかえる。自分はいきなり布団の上にある文鳥を握って、小女の前へ抛り出した。小女は俯向いて畳を眺めたまま黙っている。自分は、餌をやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女の顔を睥めつけた。下女はそれでも黙っている。 自分は机の方へ向き直った。そうして三重吉へ端書をかいた。「家人が餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ尽くさないのは残酷の至りだ」と云う文句であった。 自分は、これを投函して来い、そうしてその鳥をそっちへ持って行けと下女に云った。下女は、どこへ持って参りますかと聞き返した。どこへでも勝手に持って行けと怒鳴りつけたら、驚いて台所の方へ持って行った。 しばらくすると裏庭で、子供が文鳥を埋るんだ埋るんだと騒いでいる。庭掃除に頼んだ植木屋が、御嬢さん、ここいらが好いでしょうと云っている。自分は進まぬながら、書斎でペンを動かしていた。 翌日は何だか頭が重いので、十時頃になってようやく起きた。顔を洗いながら裏庭を見ると、昨日植木屋の声のしたあたりに、小さい公札が、蒼い木賊の一株と並んで立っている。高さは木賊よりもずっと低い。庭下駄を穿いて、日影の霜を踏み砕いて、近づいて見ると、公札の表には、この土手登るべからずとあった。筆子の手蹟である。 午後三重吉から返事が来た。文鳥は可愛想な事を致しましたとあるばかりで家人が悪いとも残酷だともいっこう書いてなかった。
底本:「夏目漱石全集10」ちくま文庫、筑摩書房 1988(昭和63)年7月26日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房 1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月にかけて刊行
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